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2008年11月

ブログタイトルの変更

  私のブログは“ミシュの治療日記”→“ミシュの赤ちゃんに会えるまでの記録”とタイトル変更してきましたが、今日また変更しましたrecycle

不育症で、検索の結果訪れてくれる人もいるだろうし、本当はブログ自体別に作るべきかもしれないけどsweat01

自分の気持ちの記録として始めた物なので・・・一連の記録として残したくてタイトル変更という形にさせてもらいました

しかも、また最初から作成する余裕も技術もないので・・・

今日からは、“やっと会えた”壮ちゃんとのかけがえのない毎日を記録していきたいと思います

  P1000467 はじめましてshine

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出産の記録☆後半☆

病院に到着。

すぐにモニターをつけてお腹のはりを計測。

外来の時のNSTより最新っぽい画像だshine

最初は一人でモニターの部屋に寝かされて陣痛に耐えてたけど少しして主人と母が入ってきた

2人がモニターを覗き込んで今の状況を読み取ろうとすると、どうやら5~6分間隔の張りになってる

この時私は、病院に連絡して来てもいい状況になってたことにホッとしたdash

まだまだなのに、大騒ぎして病院に来てるんだったら恥ずかしいな・・・と感じてたからだ

そんなことを考えられるぐらい、まだこのときは余裕

陣痛5~6分間隔ってこんなモノなんだ・・・なんて後から後悔するようなのんびりしたことを考えてたcoldsweats01

助産師さんから主人と母、私にこのまま入院となる説明があり病院着に着替えさせられる

そして、部屋に通されたchick

個室の一番安い部屋は空きがないため2番目に高い部屋になったshine

この病院は陣痛室がなく、それぞれに部屋から分娩室に向うタイプ

初産だし、すぐには産まれないということで主人は明日抜けられない仕事が午前中にあるため母に残ってもらい主人は一時帰宅して寝てもらうことになった

それから翌日8日の午前中まで、陣痛と戦うpunch

いつ産まれるかわからないため、付き添いの母にも私のベッドの半分で寝てもらった

痛みを逃すのになぜかベッドの背もたれにもたれて座ってる体制が楽だったので、ベッドのスペースがかなり空いてたので、そこで休んでもらった

翌日、朝ごはんが運ばれるも食欲はなく食べきれず

と言うか、痛みで起き上がれない!!!

この頃には、とにかく『まだ?まだ?いつ産まれるの??』と、思ってた

陣痛のたびにのた打ち回り、一度は赤ちゃんの心拍が乱れて、看護師さんが突然部屋に入ってきてお尻をさすってくれた

この時、NSTのモニターを別室で看護師さんが確認してくれてることを知ったcoldsweats01 よく考えたらそりゃそうだ・・・・

でも、後々考えたらこの時はまだまだ、序の口だったのにね・・・・

午前11時ごろ

意識も朦朧としだして、陣痛の合間には無意識のうちに寝てしまう

陣痛の波が来ると我慢できないくらい苦しい

天国にいる2人の赤ちゃんの代わりであるお守りを握り締めて陣痛に耐えるweep

そして、分娩室に連れて行かれる

この時このまま分娩室に入るのかモニターをつける為なのか意識も朦朧としてわからず・・

しかし、分娩室に入ると担当の助産師さんが入ってきて、もうこのまま分娩になると説明がある

その後、陣痛に苦しんだ後先生により破水してもらう

この時『これ破水ですか!?』等と質問できるぐらいの意識

しかし・・・・

それまで陣痛の呼吸法等『優秀!!優秀!!』と褒められ順調に行ってるようだったが、突然微弱陣痛になりはじめた

その結果・・・陣痛促進剤を投与するものの陣痛の波の間隔が長くなり

子宮口に助産師さんが常に手を突っ込んで入り口をギリギリと広げ始めた

今考えてもゾッとする・・・・danger

無痛じゃないんですよ

とにかく痛い!!!!

陣痛より何より・・・その手を突っ込んで広げる作業が痛い!!!!!

途中何度か先生に交代して先生も同じ作業shock

11時に分娩室に入って昼過ぎには産まれると言われてたのに・・・

その作業が何度も続く

その痛さで陣痛の波もわからない

波が来ていきみたい時にいきんでいいと言われたけど、その痛みにのたうちまわって陣痛の波がわからない!?!?!?

結局2時を回り、取り乱しまくりで現在の状況もよくわからず、とにかく

『一体いつ産まれるの?????』

『後何回いきめば産まれるの??』

そんなことばかり考えてたsweat01

そして、いよいよ大詰めの様子となってきた助産師さんが緑のシートやらなんやら準備し始め先生も入ってきた

『旦那さんにも入ってもらいますからねhappy01

なんて言われた時点で旦那が間に合ったことに気付く。。。

立会い希望だったけど、もうどうでもいい!!それどころじゃない!と言うのが本音でしたbearing

しかも、こんなに長いこと痛みに耐えたのに最後の最後で旦那が入ってきたら突然自分に甘えが出てしまい、もう一生産まれない気がしたdash

なので、息も絶え絶えながら助産師さんに

『立会い希望にしてたけどもういいです! 甘えが出そうだから!!』

と言うと

『旦那さんが入るのは、直前だけですから大丈夫ですよ~もうすぐ赤ちゃんでますからhappy01』とのお答え。

内心『えっっsweat01そうなの??』と言うのが本音

それぐらいお産の進行を把握できてなかったcoldsweats01

でも、後々考えると最後の最後だけ見てもらう立会い出産って・・・・sweat02

とにかく旦那入場。

しかし、私には余裕なし・・・・

旦那が入って来て、麻酔の後、会陰切開され・・・

いきむこと数回、数十回?

ヌルッした感触の後

無事誕生shine

すぐにカンガルーケアで胸の上に乗せてもらいましたshine

しかし、感動の対面と言うよりは

予想以上に重くてビックリ!!

最初にかけた言葉は

『スゴイ・・・(涙)重い・・・(涙)アッタカイ・・・(涙)』

感動と興奮でわけもわからず、やっと会えたねshineとか、ずっと待ってたよshine等・・・考えてたきれいな言葉は出てこずcoldsweats01

その後記憶は曖昧ですが、赤ちゃんはすぐに連れて行かれ主人も私には目もくれずハートのお目目で赤ちゃんに着いて行ってしまったcoldsweats01

まあ、傷を縫ったり後処理があるから退場しなきゃいけないとは言え・・・・thunder

出産の感想は、いきみも陣痛も耐えられる痛みでした会陰切開も心配しまくってたけど全然平気だったし。

それより何より数時間、手を突っ込まれて手で全開にされたのが一番痛かったし今考えても身震いします・・・

赤ちゃん誕生から本日(生後1ヶ月)まで、あんなに私に優しかった主人が私には目もくれず・・・・とにかく息子にハートのお目目ですsweat02

まあ幸せなことなんだけど・・・そのかわいい息子を痛い思いして産んだのは私なのだよ!!と言ってやりたいときもアルthunder

私にも、ハートのお目目を少しは向けてよ。と言う感じです

その後の入院期間は、息子に黄疸が出たり、完全母乳コースで眠れず体力的に限界がきたり・・・お見舞いやら○○教室やらであっという間に過ぎて行った

息子の黄疸は、光線療法で一時下がったものの退院後、耳垂れで行った小児科で『黄疸が高いね この子は』等と指摘され大慌てで産婦人科に連れて行くも数値は良好dash

そして、同日出産の人たちがドンドン会陰の回復をしていって円座をやめていく中・・・一人円座が手放せずヨチヨチ歩きだった私も、さすがに1ヶ月たってようやく傷も回復しました

まだ円座に座ってるけど・・・・

とにかく円座とトコちゃんベルトに感謝!!!

すごく恥ずかしいけど・・・・会陰の傷と出産による痔の回復が人より遅くて、そこらへん周辺の感覚が戻らず・・一度尿漏れ?と言うかお漏らし?してしまったのですsweat01

30近い大人なのにショックでした・・・・

だけど、あれだけ大きな頭が出てきたんだモノ・・・しょうがないですよね

その後、トコちゃんベルトを常に締めることで諸症状はだいぶ回復しました

そんなこんなでバタバタ過ごし・・・・気付けば本日で生後1ヶ月を迎えました

明日、実家から自宅に戻ります

何とも、下手くそで文才のない出産記録になったけど・・・自分の記録だからまあいいかok

痛くて取り乱して・・・予想してたみたいに感動と言うよりは壮絶の一言だった出産。

そして、2階の流産を経ての待ちに待った赤ちゃんだし育児もがんばれるはず!!と自信満々だったけど経験してみるととても大変で・・・へこたれることもあります

でもでも・・・壮ちゃん(息子の呼び名)産まれて来てくれて本当に本当にありがとう

ずっとずっと、会えるのを心待ちにしてたよheart01

世界一大好きです 愛おしくてたまりません

これから壮ちゃんが大人になるまでの数十年。精一杯お世話させてね

2人の天使になった赤ちゃん。主人。励ましてくれた母や兄弟。お友達。

不育症の先生。産婦人科の先生。壮ちゃんに巡りあわせてもらった全ての人に感謝の気持ちでいっぱいです

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